すように坊主畳の上へおくと、首すじの汗をぬぐいながら、
「あなたのいどころを捜すので、お曲輪《くるわ》中の大部屋をきいてまわりましたよ。……脇坂の部屋へ行きゃ榎坂へ行った。……榎坂へ行きゃ、土井さまの部屋へ行った。……この角樽をさげて汗だくだく、足を擂木《すりこぎ》のようにしてようやく捜しあてたのに、いねえと言えはないでしょう」
 顎十郎は、長い顎のさきを撫でながら、のんびりした声で、
「お前はとかく厄介なことばかり持ちこむんで恐れる。……見りゃあ、角樽なんかかつぎこんだようだが、これは悪いきざしだ。また、いつものように、折入ってひとつ、お願い、と来るのじゃないのか。……おれは、もうごめんだぜ」
 ひょろ松は喰いさがって、
「そう早く話がわかってくださりゃ、これに越したことはありません。……じつは、お見とおしの通りなんで。……ときに、これは、昨日、品川へついたばかりの堺の新酒。……わずかばかりですが持ってまいりました」
 顎十郎は、いまいましそうな顔で、
「長なが旱《ひでり》つづきのところへ、灘《なだ》からついた新酒というんじゃ、聞いただけでも待ちきれねえ」
「まあ、ひとつ召しあがれ」
前へ 次へ
全48ページ中6ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
久生 十蘭 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング