へ。……糸巻からくりだされた糸の先にあやつられ、黒い翼に陽の光をうけて鈍銀色《にぶぎんいろ》に光りながら、まるで、のびあがるようにどこまでもあがって行く。
のばせるだけ凧糸をくりだすと、顎十郎は、藤波のほうへ振りかえって、
「どうです、なかなかあざやかなもんでしょう。……陽の光をうけてゆるゆると舞っているところなんざあ、まるで生物《いきもの》のよう。こうして糸を持っていると、ブルブルと震えが伝わって来て高みの心が手に感じられるようで、なんともいい心持なものです」
顎十郎は、自分のからす凧と金座の地内からあがっているからす凧を互いちがいに指さしながら、
「ときに、藤波さん、手前のからす凧はこの通りあんな高みまであがって行きますが、金座のからす凧のほうは、どういうものか、みなあんなふうに、妙に屋棟《やのむね》ちかくを這いまわっている……十が十、ひとつ残らずそうなんだから、チト変だとは思いませんか」
藤波は気もなく、
「それは、凧の出来にもよれば、大きさにもよる。また、釣のぐあいによって、いろいろあがり方がちがうだろう、かくべつ不思議なんというこっちゃない」
「おや、そうですか。それな
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