りめん》の座敷着に翁格子《おきなごうし》の帯をしめ、島田くずしに結いあげた頭を垂れて、行灯のそばに、じっとうつむいてすわっていたが、小さな溜息をひとつつくとすこしずつ長火鉢のほうへいざり寄って行って、火箸で灰の中をかきまわしはじめた。
 その時、とつぜん、ガラリと間《あい》の襖があいて、ヌッと敷居ぎわに突っ立ったのが、藤波友衛。
「おい、小竜!……妙なとこで、妙なことをしてるじゃねえか。……夜ふけさふけに、いったいなにをしているんだ」
 小竜と呼ばれたその芸者は、ハッと藤波のほうへ振りかえると、ズルズルと崩れて、畳に喰いついて身も世もないように泣き出した。
「顔にも似げない、ひでえことをするじゃアねえか。いくら、男を寝とられたからって、濡れ紙で口をふさぐたア、すこしひどすぎやしないか」
 障子のこちらにいる顎十郎、なにがおかしいのか、高声でへらへらと笑い出した。
 藤波は、急に眼じりを釣りあげてキッと障子のほうを睨みつけ、
「おお、そこにいるのは仙波だな、そんなところで笑っていないで、こっちへ出て来なさい。……ここまで追いつめたのは、素人の手のうちとしちゃ、まず上出来。……この勝負は相
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