とばかりで、肩から手でさぐりあげて行って、そこは角太郎とちがって馴れたもんです。中腰になったままで、ぼんのくぼへ、ずッぷり鍼をおろして、二三度強く震《ふ》りこんだ。……度胸がいいようだが、やったとなると、あとはもう逃げ出したい一心。かねて企んだ通り、左手に撥を握らせると、あとしざりに勝手口からよろけ出した。……しかし、まア、妙なこともあるものですねえ、同じ日の同じ刻限に、同じ方法でやりに来るというんだから、日本始まって以来、こんな変ったのも少ねえでしょう。二人がここでひょっくり出っくわさなかったのが、ふしぎなくらい。……どっちの肩を持つわけでもありませんが、角太郎のやつも貧乏くじをひいたもの」
「そうとばかりは言われねえさ。……これで落《さげ》になったわけじゃない、まだ後があるのだ」
顎十郎は、ニヤリと笑って、
「ときに、この座敷は今朝のままになっているといったな」
「へえ、塵ッ葉ひとつ動かしません」
「そんなら、あそこを見ろ……長火鉢の端の畳の上に、酒の入った銚子が一本おいてあるだろう」
「ございます」
「千賀春が坐っていたように長火鉢のむこう側へすわって、手をのばしてあの銚子を取
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