ざ仲のいいところを見せつけるから、それやこれやで、たいへんにあッしを恨んでいるということでございました。……ところで、忘れもしねえ、今月の三日、芝口の露月亭《ろうげつてい》へまいりますと、その晩の講談《こうしゃく》というのが、神田伯龍《かんだはくりゅう》の新作で『谷口検校《たにぐちけんぎょう》』……。宇津谷峠の雨宿りに、癪で苦しむ旅人の鳩尾《みぞおち》と水月《すいげつ》へ鍼を打ち、五十両という金を奪って逃げるという筋。帰ってから、手をひいて行った婢《おんな》の話で、二側ほど後に角太郎さんがいて、まるで喰いつきそうな凄い顔をしていたと言っていましたが、ひょっとすると、その講談から思いついて……」
「……なかなか、隅におけねえの……按摩鍼などをさせておくのは勿体《もったい》ねえようなもんだ」
 ひょろ松は、大仰にうなずいて、
「ところが、角太郎を叩いて見ると、その通りだったんでございます。……杉の市がうるさくつけまわして困る。すっぱりと手を切るから、手切金《てぎれきん》の五十両、なんとか工面《くめん》をしてくれと千賀春にいわれ、のぼせ上って前後の見境《みさかい》もなく親爺《おやじ》の懸硯《
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