われましたが、それでは身体にあんな血の色は残らない、かならず蒼白くなってしまうはず。……ねえ、かくいう手前が見た時も、まだほんのり薄赤かったのだから、あなたがごらんになった時はさぞ赤かったろう。……いったい、これはなんだとお思いです……どういう死にかたをすれば、死んだあとも、あんな膚色をしているとお考えです」
 藤波は、おいおい不安をまぜた険《けわ》しい顔つきになって、
「さア、それは……すると、なにか毒でも」
「おやおや、心細いですな。……あなたは、さきほど、この勝負は相引になったと言われたが、あなたがそれをご存じないとすりゃあ、どうも、引分けということにはならないようだ。……つまり、あなたの負けです」
 と、ペラペラやっておいて、
「さらば、秘陰《ひいん》をときあかしましょうか。……なんてほどの大したこっちゃアない。……ねえ、藤波さん、千賀春は、炭火毒《すみどく》にあたって死んだんですよ。……おやおや、あんぐりと口をあいて。……あっけにとられましたか?……嘘だと思ったら、御嶽山《おんたけさん》へでも行った時、よく気をつけて見ていらっしゃい、石窟《いわむろ》の閉めきったところで炭火をどんどん起してちぢかんでいると、心気《しんき》の弱いものは、たまにこんな死に方をする。……炭火毒にあたって死んだ徴《しるし》はね、身体中が薄桃色になって、これが死んだとは思えないようになっているものなんですぜ。……お役がら、これくらいのことは、ご存じのほうがいいですな、藤波さん……」



底本:「久生十蘭全集 4[#「4」はローマ数字、1−13−24]」三一書房
   1970(昭和45)年3月31日第1版第1刷発行
入力:tatsuki
校正:門田裕志、小林繁雄
2007年12月11日作成
青空文庫作成ファイル:
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