に八畳六畳という妙な間取り。その奥が勝手になって、裏口から露路へ出られるようになっている。
 勝手につづいた六畳で、足を投げ出している顎十郎。壁にもたれて、いかにも所在《しょざい》なさそうに、鼻の孔をほじったり無精髯を抜いたりしている。
 そっと、裏口の曳戸があいて、忍ぶようにひょろりと入って来たのが、ひょろ松。
 顎十郎のそばへ膝行《いざり》よると、大息をついて、
「やはり、お推察通りでございました」
 顎十郎は、うなずいて、
「そうだろう、……それで、藤波のほうはどうだ。やって来ると言ったか」
「おつかい通り、きっちり亥刻《よつ》(午後十時)にお伺いするという口上でした」
「それならいい、亥刻より早く来られちゃ、ちょっと迷惑だ」
 ブツクサと呟いてから、
「それで、杉の市が自白《はい》たか」
「なかなか強情《しぶと》うございましたが、ぼんのくぼの鍼痕のことを申しますと、とうとう白状いたしました」
「左手に撥を持たせたのも、杉の市の仕業だったろう」
「さようでございます。……角太郎が、じぶんに濡衣を着せるつもりで、こんなことを仕組んだのだ、とうまく言い逃れるために、逆の逆を行ったわけなんでございます」
「執念《しつこ》いの……じぶんの濡衣どころじゃねえ、はじめっから、角太郎を突き落すつもりでやったことなんだ。角太郎が、ゆくりなく、露月亭へ『谷口検校』をききに来ていた。……それから思いついて書いた芝居なんだ」
「へえ、そう言っておりました……なにもかも、みな角太郎にしょわせてやるつもりだって……」
「それにしても、杉の市は、あんまりいい気になってペラペラしゃべりすぎたよ。……あまり調子がよすぎるから、それで、おれは、こいつァ臭いと睨んだのだ」
「まったく。……ありようはこうだったんでございます。……杉の市のほうも、やはり裏口から這いあがって、そっと声をかけて見たが返事がない。そろそろと這いずってゆくと、手先に着物の裾が触れたので、びっくりした。……あまり静かなので、いないとばかし思っていたのに、いきなり鼻ッ先にいるんだから、驚いて一度は逃げかかったが、どうやら、ずぶずぶになってつぶれているらしい。……よほどよく寝こんでいると見えて寝息さえきこえない。……そりゃアそうでしょう。その時は、角太郎に鍼を打たれて、もう死んでいたんだ。……杉の市はそんなこたア知らない。しめた
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