「それで、忠助は、どんな毒を盛ったというのだの」
ひょろ松は少々当惑のていで、
「ただ、殺したのは私だというばかりで、そのほうはどうしてももうしません」
「では、段取りのほうはどうだ。そのころ忠助が台所でうろうろしていたというような事実でもあったのか」
「いえ、そういうこともございません。女中や飯たきのほか、店のものなどは、ひとりも台所へ来なかったというんでございます」
顎十郎は、ニヤリと笑って、
「叔父上、いつまでもこんな掛合いをしていてもキリがねえし、ほかの事件ならいざ知らず、出鱈目《でたらめ》を言ってすっ恍けているには、すこし間違いが大きすぎるから、よけいなおせっかいのようですが、手前が、ここでこの事件のアヤを解《と》いてお目にかけます。……叔父上、あなたはご存じなかろうが、南の藤波が躍気となって反証を探しているんですぜ。……いよいよ磔刑獄門《はりつけごくもん》ときまったところ、南から再吟味を願い出られ、そのすえ、これが真赤《まっか》な無実だったなどとなったら、あなたは腹切だ。その皺腹《しわばら》から大腸《ひゃくひろ》をくり出すところなんざ、とんと見られたざまじゃあるまい。血につながる叔父《おじ》甥《おい》の間柄として、そんな無惨《むざん》な光景《ありさま》を横目で眺めてすましているわけにもゆくまいから、ひとつ、ふんぱつして、この度《たび》にかぎり、手前があなたのいのちを助けてあげます。……皺腹代は、まず二十両というところかな」
庄兵衛は、日ごろの強情にも似ず急に脅えたような顔つきになったが、それでも、口先だけは威勢よく、
「なにを、小癪な。では、俺の吟味にあやまりがあるというのか。ほかに罪人があるとでもぬかすのか」
「まアまア、そうご心配なさるな。手前が扱ったという以上、あなたの顔をつぶすような真似はしやしません。……ねえ、叔父上、手前は、なにもあなたの吟味が間違いだなどと言ってるわけじゃない。お調べどおり、罪人は、いかにも忠助です」
叔父は眼を三角にして、
「そ、そんならば、なぜにいらざる異をたてる。ふざけるのもいい加減にしておけ」
顎十郎は、またしても、気障《きざわ》りな薄笑いをして、
「……いかにも、忠助は忠助だが、その忠助は尻尾の長いチュウ助です。ここのところが、ちッとばかりちがう。……しかしながら、いずれにしろ罪人はチュウ助なんだから、それをとりちがえたって、たいしてあなたの顔にかかわるというわけでもない」
と、わからないことを言っておいて、急に切って放したようなようすになり、
「叔父上、……それから、ひょろ松。……あなた方は、ついこの頃よく江戸の市中に売りに来るようになった『石見銀山鼠《いわみぎんざんねずみ》とり』……石見国邇摩郡《いわみのくににまのこおり》の石見銀山の※[#「譽」の「言」に代えて「石」、第3水準1−89−15]石《よせき》からつくった殺鼠剤《ねずみとり》、これがひとの口にはいると、虎列剌と寸分《すんぶん》たがわぬ死に方をするということをご存じか」
きょろりと、二人の顔を眺めて、
「赤斑も出れば、痴呆面《こけづら》にもなる。手足の硬直《こわばり》、譫言《うわごと》、……米磨汁《とぎじる》のようなものを痢《くだ》し、胆汁を吐く。息はまだ通っているのに、脈はまるっきり触れない。……なにもかにも同じなんだ。……つい十日ほど前、砂村《すなむら》で、子供が餅についた鼠とりを知らずに喰った。これを診《み》たのが、導引並《どういんなみ》の若い医者だが、あまり虎列剌と症状が同じなのに驚いた、という噂話が、中間部屋で寝っころがっているうちに、なんとなく手前の耳にはいった」
と言って、言葉をきり、
「手前は堺屋へ行ったわけではない。なにもわざわざ出かけて行かなくともちょっと理詰めにしてみると、このくらいのアヤはわけなくとける。……これはピンからキリまで手前の推察だが、大きなことを言うようだが、けっして、これにははずれはない。……思うに、堺屋では、石見銀山を買った。ご承知の通り、この鼠とりは蛤っ貝の中に入っている。それを飯たきがへっついの近くの棚にのせておいたに違いない。そして、その棚の近くには鼠の通う穴があるはずだ。嘘だと思うなら行って調べてごらんなさい。かならずある。……ここまで陳ずれば、あとはくどくど説くがものもねえのだが、どうして、こんな間違いが起きたかと言えば、ねずみが棚を走りまわって、殺鼠剤の入った蛤っ貝を下に蹴り落した。運悪くへっついの近所に、晩飯の蛤汁にする蛤が水盥《みずだらい》にでも入れておいてあった。……飯たきが夕飯の仕度にかかって、ふと見ると蛤がひとつ水盥からはね出している。……おや、ここにもひとつ、というわけで、手ッ暗がりの台所で、そいつを何気なく鍋の中に拾いこんだという
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