わけ。……さア、早く堺屋へ行って、チュウ助を召し捕ってしまいなせえ。まごまごしていると、ズラかるかも知れねえからの」
 顎十郎の聴き役、庄兵衛のひとり娘の花世の部屋へ入ってゆくと、花世は今度の成行を心配して顎十郎を待っていたところだった。堺屋の末娘のおさよから花世に宛てて長い手紙が来ていた。
 紅梅《こうばい》入りの薄葉《うすよう》に美しい手蹟《て》で、忠助にかぎってそんな大それたことをするはずがないと、そのひとつことばかり、くりかえしくりかえし書いてあった。
 顎十郎は、その手紙を読み終ると、莨《たばこ》の煙をふきながら、
「実は、吟味部屋で二人に逢う前に、おれは揚屋へ行って忠助と話をしてみた。……まるで、念仏でもとなえるように、私が殺したとばかりくりかえす。旦那さまや鶴吉どんが死んで、おさよさんとわれわれ二人だけの世の中だったら、どんなに楽しかろうと、ときどき考えたことがございます。たぶんその思いが通じて、こんな始末《しまつ》になったことなのでしょうから、とりもなおさず、私が殺したと同様なのでございます、というんだ。自分の罪をごまかすがために、こんなことをぬかすやつも数あるが、そういう忠助の顔を眺めて見ると、眼は浄《きよ》らかに澄み、面《おも》ざしは、まるで照りかがやいているように見える。……こいつが殺したのじゃねえということはひと眼でわかった」
「それで、藤波のほうはどうでしたの」
「藤波はせんぶりの千太と堺屋へ出かけて行って、台所の棚に鼠の通い路があるのを見つけて、間もなくおれと同じように詮じつめてしまった。……ふふふ、今度はまず五分五分の勝負かな。……ただ藤波は堺屋へ行き、おれはうちで寝っころがって考えただけのちがいだ」



底本:「久生十蘭全集 4[#「4」はローマ数字、1−13−24]」三一書房
   1970(昭和45)年3月31日第1版第1刷発行
入力:tatsuki
校正:門田裕志、小林繁雄
2007年12月11日作成
青空文庫作成ファイル:
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