これはいずれ曰くのあることだろうと思って、川崎屋へ行ってきいてみると、青鱚釣りの坂尾丹兵衛《さかおたんべえ》流という流儀では、六尺五寸の一本竹の延竿《のべざお》を使うのが定法だという。……継竿なら袋にでもおさめようが、なるほどそんならば、抜身で竿を持って歩く訳もわかる……。それから品川の太郎名人のところへ行き、坂尾丹兵衛流というのはどんなものだと聞いてみると、坂尾というのは御陰一刀流の達人で流儀の極意を魚釣りにうつしたのだという。……はなしがここまでわかれば、もう子供だましのようなものじゃないか」
「でも、大勢の釣師の間から、どうしてそれが鎌いたちだと見分けがつきましたの」
「……遊芸だってそうだろう、踊の足くせは芸が達すればするほど、その人ひとりの身についたくせにきまる。あれだけのあざやかな刀法が竿の穂先に出ねえはずがないと思った。……おれは、あの傷を見た最初から、これは左利きの手練のさむらいの仕業だと見こみをつけていた。……渚をうろうろして眺めていると、すごんだ面のさむらいが、左の手に一本竹の延竿をもって魚を釣っている。もう、これだけだって、はなしの落《さげ》はついているのだ。……
前へ
次へ
全25ページ中24ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
久生 十蘭 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング