「あたしだとても、喉ばかり切る鎌いたちなどあろうとは思いませんでした。でも、まだきいたことのない殺手《さって》で、かいもく見当がつきませんでしたが、いったい、どんな手懸りでこうすらすらと追詰めましたの」
顎十郎は、へへと笑って、
「訳も造作《ぞうさ》もないことさ。……いったい、おれはとんちきでの、検死などに立合わされるとひどく気が浮《うわ》ついて、おれの眼玉はとかくとんでもねえところへ行きたがる、悪いくせさの。……『船松』の横の溝でさむらいが死んでいたのを見たとき、みなが鼻の先を赤むけにするほど、地べたばかりかいさぐっている。……おれは今いったような訳で、のほんと朝の空を仰いでいると、死骸の真上の、塀からつき出した松の枝に、長さにして凡《およ》そ五六寸の絹糸のようなものがひっかかって、きらきら光っている。……何気なしにひったくって眺めると、それはてぐすの先についた鱚鈎だったんだ。……鈎はまだ真新しいし、かいでみると、これが、ひどく生臭いな。……ところで、おれのような阿呆陀羅経《あほだらきょう》ならいざしらず、街中を竿を抜身でかついであるくばかはない。……鈎のことはくわしくしらないが、
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