ぎれもございません」
「喉《のど》の鎌形傷の始まるまえに、きまって切ッ先が戦《そよ》いだような傷があるだろう。あれは、竿を合せる前にチラと籠手へかかった気合傷だ」
「よくわかりましてございます」
「それにもうひとつ。鱚がはね返って来た時、なんとも微妙に身体《からだ》をひねって魚をよけたが、あれは返り血をよけるこつとおなじようだ。……剣術が先か魚釣りが先か、おれにはどちらともわからねえが、おそらくたいへんな修業をしたものだ。……鱚を釣って人の喉を鎌形に抉《えぐ》る練磨をつむなどというのは、だいぶ格はずれな執心《しゅうしん》だの。……切先をあわせられたやつこそいいめいわくだ。鉄炮洲の二歳鱚なみにされちゃアおかげがねえからの」
ひょろ松のほうは、心も落ちいぬようすで、むさんにさむらいものをにらみつけ、今にも竿を捨てて、そのほうへ走り出しそうにする。顎十郎はその手を控え、
「ひょろ松、おまえらしくもない、うわずった真似をするな。おまえが一人でとびこんで行ったって、繩をかけられるような相手じゃない。やくたいもねえいのちの使いかたをしちゃアならん」
といって、竿を肩にひっかつぐと、
「じゃ、お
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