で、この節は、どの辺が釣り場所なのか」
「およそ釣りの時節は、温涼風雨陰晴満干、それに、潮の清濁によりまして、年々遅速がございますが、今年は潮だちがよろしゅうございましたので、このごろでございましたらば、鉄炮洲《てっぽうず》の高洲、……まず、久志本《くしもと》屋敷の棒杭から樫木までの七八町のあいだが寄り場になっておるんでございます。……彼岸《ひがん》の中日から以後十日までのあいだは中川の川口、それ以後は、佃《つくだ》と川崎が目当て場になります」
「なるほど、くわしいもんだの」
「さようでござります」
 といって、きょろりと空嘯《うそぶ》く。
「すると、なんだな、青鱚釣りは、このごろは、みな、そこへ集まるてえわけか」
「いえ、みなというわけにはまいりませんです、へい。……潮ざしをはからって場所を決めるのは、相当の名人がいたすことでございます」
「じゃア、ご名人にたずねるがの、するてえとなんだナ、竿さえひっかついでそこへ行きゃあ、いやでも、釣れるてえわけか」
「ごじょうだん」
 と、らっきょう、いやな顔をする。
「まア、そりゃじょうだんだがの、ちょいとききたいことがある」
 と、いいながら
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