しゃくって、
「鎌いたちは、あそこで泳いでいる」
殺手《さって》
年の頃は三十五六歳、険高《けんだか》な、蒼味がかった面の、唇ばかり毒々しく赤い、異相というのではないが、なんともいい表しがたい凄惨な色が流れていて、なにか人を慴伏《しょうふく》させるような気合がある。
膝きりの布子《ぬのこ》を着、足首まで水に這入って静かに糸を垂れている。
つい今しがた来たのだ。さきほどまではこの近くに姿は見えなかった。
無反《むぞり》の長物《ながもの》を落差しにし、右を懐手にして、左手で竿をのべている。月代《さかやき》は蒼みわたり、身なりがきっぱりとしているから浪人者ではあるまい、相当の家中《かちゅう》と見わけられるのである。
ひょろ松は、さすがに心得のあるもので、上汐を見るふりで眼の上に翳《かざ》した手の間からまじまじとそのさむらいを眺めていたが、さり気ないようすで顎十郎のほうへふりかえると、
「阿古十郎さん、あれが?」
と、眼差で鋭くたずねる。
そのくせ腰のひねりは岸のほうへ廻りこんでいて、さむらいものの退路を断つような構えになっている。なりわいといいながら、さすがに隙のない
前へ
次へ
全25ページ中19ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
久生 十蘭 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング