命《いのち》をおとすことがあった。越後《えちご》や信濃《しなの》や京都の今出川《いまでがわ》の辺ではたびたびあったことである。
鎌形の傷を鎌風といい、これはかまいたち[#「かまいたち」に傍点]という妖魔の仕業だとされていた。
『倭訓栞《わくんのしおり》』に、
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奥州越後信濃の地方に、つじ風の如くおとづれて人を傷す。よつて鎌風と名づく、そのこと厳寒の時にあつて、陰毒の気なり、西土にいふ鬼弾の類なりといへり。
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とみえている。いま庄兵衛の膝のうえに拡げてあるのがその『倭訓栞』。つまり、庄兵衛は今までこのかまいたち[#「かまいたち」に傍点]と首っぴきをしていたのである。
庄兵衛がいつまでもにが虫を噛んでいるので、花世は手持無沙汰になったものとみえ、
「ねえ、かまいたち[#「かまいたち」に傍点]なんぞ、ほんとにいるものなのでしょうか」
庄兵衛は眼鏡越しに、例のお不動様の三白眼でじろりと花世の顔を見あげながら、
「はて、いないでどうする。そもそも、かまいたち[#「かまいたち」に傍点]とは……」
花世はニッコリと笑って、
「はい、そもそもは、
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