がら、まだいぶりかえっている焼跡をうっそりと眺めていたが、黒焦げになった死骸を見ると、連れの遊び人のほうへふりかえって、
「これは、焼け死んだのじゃねえ、だれかが殺してから、火の中へ投げこんだのだ。焼け死んだのなら、死骸は瓦の下にあるのが本当だろう。ところで、この死骸は瓦の上にある」
といった。
聞いたほうは驚いて、出役の同心に耳うちした。調べてみると、果して顎十郎のいった通りだった。
富岡の親分が顎十郎の眼力を褒めると、顎十郎はてれくさそうに笑いながら、
「こりゃアおれの知慧じゃねえ、『雪寃録《せつえんろく》』という本に書いてあることです」
と、いった。
風魔《ふうま》
泉水にさざなみがたち、青葉の影がゆれる。
広縁《ひろえん》のきわへ、むんずりと坐りこみ、膝のうえに青表紙《あおびょうし》の本をのせ、矢たてと懐紙《かいし》箱をひきつけ、にが虫を噛みつぶしたような顔をして、しきりに灰吹きをたたきつけているのが、庄兵衛組の組頭、森川庄兵衛。
小さな髷節を薬罐頭のてっぺんにのせ、こんがら[#「こんがら」に傍点]童子に渋を塗ったような因業な顔を獅子噛ませ、いまいったように、煙管をとり上げたり投げ出したり、腕を組んだりほぐしたり、見る眼にも、なかなか多忙をきわめるのである。
すこし離れたところに、きっぱりした顔だちの、十七八の美しい娘が、すんなりと坐っている。
庄兵衛の娘の花世。四十になってからのひとりっ子なので、まるで眼のなかへでも入れたいような可愛がりよう、普断ならば、寄って来られただけで、もう他愛なくなってしまうほどなのに、今日はどういう風の吹きまわしか、花世がそばにいるのさえ気づかぬ様子である。
庭には季節の花がある。
こうして矢たてや懐紙をひきつけているところは、下手な俳諧でもひねっているように見えるが、どうして、そんな細かい味をもったおやじではない。このごろ、江戸の市中を騒がしているかまいたち[#「かまいたち」に傍点]の事件を苦吟中なのである。
この月のはじめから、江戸の市中に不思議な事件が起きる。どうにもとらえどころのない事件で、それだけに江戸の人士を竦《すく》みあがらせている。
一日ずつあいだをおいて、続けざまに五人まで、の深く咽喉を斬られて街上に倒れていた。
最初の犠牲者は本所猿江《ほんじょさるえ》の金持の隠居で、新湊
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