十郎に教えられた通り、神田小川町の川勝屋へ行って、利右衛門が質入れした着物の衿をしらべて見ると、そこから細々としたためた本当の遺書が出てきた。
事情は、こうだった。
利右衛門が、まだ上総の御馬囲場でつまらぬ野馬役をしているとき、長崎屋市兵衛に五十両という金を借り、その抵当《かた》に妹のお小夜を長崎屋へ小間使につかわした。
なにをするのか知らないが、馬の落毛を集めてくれというので、言われた通り、月に三度ずつ長崎屋へ送っていたが、その後、江戸へ出て来て何気《なにげ》なく探って見たところ、近在から誘拐した女たちに馬の落毛で呉絽を織らせているということがわかった。
しかし、なんと言っても、いちどは恩になった長崎屋、みすみす自分の妹までが青坊主にされて尼寺の下で呉絽を織らされていることがわかっても、どうすることも出来ない。
表立って訴人することは心が許さぬので、思い立って、馬の尻尾を切って歩き、江戸中に騒ぎを起させ、お上の手で千鳥ガ淵の織場を捜し出させたいとねがったが、奉行所より先に長崎屋の一味にその魂胆を見抜かれ、出るにも入るにも見張りがつき、その上、密訴でもしたら妹のお小夜の命を奪
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