なんかを調べるより、長崎屋を引挙げるほうが早道です」
顎十郎は、へへ、と笑って、
「長崎屋は、もういない」
「えッ」
「さっき、通りがかりにチラと見たが、すっかり大戸をおろしていた。……素性を洗えば相当な大ものだったんだろうが、惜しいことをしたな」
ひょろ松は、がッかりして、
「もう、逃げましたか」
「なにを言っている、つまらねえ御用聞だ。素人の俺に逃げましたかと聞くやつはねえ」
ちょうど、そこへ出来てきた誂え物を押しやって、ひょろ松は、そそくさと立ち上り、
「じゃ、これからすぐ行って、千鳥ガ淵のあたりを……」
顎十郎は、手で押えて、
「まあ、慌てるな、もう一つ、話がある」
「へい」
「……れいの馬内侍の辞世だが、あれには俺もかんがえた。……いや、どうも、だいぶ頭を捻《ひね》ったよ。……ひょろ松、あの辞世には、やはりわけがあったんだ」
「おお、それは、どういう……」
「馬の尻尾を切ったぐらいで、腹を切るにはおよばねえ。裏には、なにか深い仔細があるのだと睨んだ。……その仔細までは、俺にはわからねえが、あの辞世で、なにを覚らせたがったか、すぐわかった。……夢にもつげむ、思ひおこせよ
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