どこかとぼけた、悠々迫らぬところがあって、なかなか見どころのあるようだと思っているんだが、例の強情我慢で、そんなこころはけぶりにも見せぬ。顔さえ見れば眼のかたきにして口やかましくがなりつける。
ところで、顎十郎のほうはちゃんとそれを見抜いている。面は渋いが心は甘い、もちゃげてさえ置けばこちらの言いなりと、てんからなめてかかっている。
窓框に頬杖をついて、夕顔なりの長大な顎を掌でささえ、ひとを小馬鹿にしたようなニヤニヤ笑いをしながら、
「いよウ、これは、ようこそ御入来《ごじゅらい》」
庄兵衛は、たちまち眼を三角にして、
「ようこそご入来とは緩怠至極。……これ貴様、このおれをなんだと心得ておる。やせても枯れても……」
「……北番所の与力筆頭、ですか。……いつも、きまり文句ですな。まあ、そうご立腹なさるな、あまり怒ると腹形《はらなり》が悪くなりますぜ。……しかし、なんですな、こうして、真上からあなたのお頭《つむ》を拝見すると、なかなか奇観ですよ、真鍮の燈明皿にとうすみ[#「とうすみ」に傍点]が一本載っかっているようですぜ」
言いたい放題なことをぺらぺらまくし立てると、急にケロリとして
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