る。
すぐ、顎十郎のそばへ行って、
「オヤ、阿古十さん、こんにちは。……こないだは、よくもおきらいなすッたね。……ひとが、せっかく緋桜の枝を持って行ってあげたのに、木で鼻をくくったようなあいさつをしてさ。……きょうは、かたきをとッてあげるから、おぼえておいでなさいましよ」
花世は瓶子と盃を雛壇からとりおろして来て、お琴の前におき、
「さア、しっかりおしな。……わたしがあとおしをしますよ」
顎十郎は、腕を組んでなにか考えこんだまま返事もしない。
お琴は瓶子と盃を持って立ち上ると、呉絽の帯をサヤサヤと鳴らして顎十郎のほうに行きながら、
「白酒で酔うようなおひとなら、たのもしいけれど……」
花世は、気がついて、
「おや、お琴さん、いい帯が出来ましたね、長崎屋ですか」
「ハイ、そうですよ、……綾織のいいのがありましたから帯にとりました」
といって、顎十郎に盃をさしつけ、
「さア、おあがり……かたきうちですよ」
顎十郎は、顎をなでながら、ほほ、と笑って、
「お琴さん、俺を酔わすと口説くかもしれねえぜ」
「ハイ、口説くなり、どうなとしてくださいまし。……ここでなら、こわいことなんぞ、
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