ちらのほうは、あって無きが如くに扱われる。組下には相当俊敏な者もいるのだが、運が悪いというか、あまり派手な事件にぶっつからない。町方や南番所の組下は、庄兵衛組と言わずに、しょんべん組と呼んで馬鹿にしている。組屋敷は本郷森川町にあるが、庄兵衛はいたって内福なので、すこし離れたこの金助町《きんすけちよう》に手広い邸をかまえて住んでいる。
 ひとつまみほどの髷節を、テカテカと赤銅色に光った禿頭のすッてっぺんに蜻蛉《とんぼ》でも止ったように載っけている。朱を刷いたような艶々した赭ら顔は年がら年中|高麗狛《こまいぬ》のように獅子《し》噛み、これが、生れてからまだ一度もほころびたことがない。
 ずんぐりで、猪首で、天びん肩なので、禿頭から湯気を立てながらセカセカやってくるところなんぞは、火炎背負ったお不動様を描いた大衝立でも歩いて来たかと思われるほどである。短気で一徹で、汗っかきで我儘。その上、無類の強情で負けずぎらい。痛いとか、参ったとかということは口が腐っても言わぬ。因業親爺の見本のような老人である。
 二年ほど前の冬の朝、たいへんな汗を流しながら本を読んでいる。顔色を見ると一向平素と変らない
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