に従わない。そのくせ、三日にあげず舞いこんで来て、なにか気に障ることを言っては、その揚句、小遣をせしめて行く。しかし、悪くすれたところはなく、することにとぼけたところがあって憎めない。庄兵衛は阿古十郎が憎らしいのか、可愛いのか自分でもわけがわからない、まるで滅茶滅茶《めちゃめちゃ》な気持なのである。
 阿古十郎は例の如く※[#「ころもへん+施のつくり」、第3水準1−91−72]《ふき》のすれ切った黒羽二重の素袷に、山のはいった茶献上の帯を尻下りに結び、掌で裸の胸をピシャピシャ叩きながら、
「ねえ、叔父上、それじゃあんまりおかげがねえ……未練ですよ、そりゃあ」
「おかげがねえ、……これ、下司《げす》な言葉を使うな。おかげがねえとはよくぬかした。そもそも……」
 顎十郎は、すぐ引取って、
「そもそも、この万年青さまがお枯れなすったのは、いつぞや御命令によって手前がそれを広縁から運び入れようとした途端、手元が辷っていきなり鉢をひっくりかえしたから。……つまり万年青の逆立ちでもおと[#「もおと」に傍点]悪気のあったのではありません。……お叱りの条は、充分に納得しましたから、もう巻き返されるにゃア及びません。……手前いたって、がさつでね、よくこういう縮尻《しくじり》をやらかします。改めてもう一度お詫びを申しますが、それにしても、でんぐり返しただけで枯れるなんざ、万年青なんてえものもいい加減なもんですな、あんまり尻《し》ッ腰がなさすぎます。……叔父上、ひょっとすると、案外、これはイカモノですぜ」
 相手に口をひらかせずに言いたいだけのことを言うと、キョロリと庄兵衛の顔を眺め、
「そう言えば、いま妙なことをぼやいていましたナ。……出る出る。必ず出る、って。……いったい全体、なにが出るんです」
 庄兵衛はしどろもどろ。
「な、なにが出ると。……わかり切ったことを……それ、万年青がよ、芽を出す」

   花世

 顎十郎のほうは叔父がなにを心痛しているかちゃんと知っている。たった今、奥で花世から聞いたので、頼むとひと言いったら、なんとか力を貸さぬでもないと思っているのに、肩で息をつきながら相変らず痩我慢を張っているので、おかしくてたまらない。
「ほほう、それは目出度い。……それでは、すこしおはしゃぎなさい。……ああ愉快、愉快」
 と、騒ぎ立てる。
 庄兵衛のほうはすこしも可笑《おか》
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