一味と申しますのは大老水野越前守、町奉行勘定奉行鳥居甲斐守、松平|美作守《みまさかのかみ》支配、天文方見習御書物奉行兼帯渋川六蔵、甲斐守家来本庄茂平次、金座お金|改《あらため》役後藤三右衛門、並びに中山法華経寺事件にて病死の体でお暇《いとま》を賜わった本性院伊佐野の局《つぼね》、御側役八重、それらの者で家定公御双生の御兄君捨蔵様の御居所を存じおる如くに見せかけ、それを以て水野は上様を圧しつけて復職を強請したわけですが、実のところそのようなことはなく、昨年九月、八重が神田紺屋町なるお沢と申す者を襲って奪った捨蔵様の御居所を示す『大』という一字を認《したた》めたものが、手にあるだけでございます。
現にお八重は昨日国府台のあたりへ所在を探索に行っているほどで、これを以っても彼等の一味は、まだ捨蔵様の居所を知っていないという証拠になるのでございます。鳥居甲斐守は組下の目明し下っ引を追いまわして昨年暮から密《ひそ》かに大探索を続けておりまするが、まだ確かな手掛りはない様子でございます。
実情はこの通りでございますが、なお洩れ聞くところでは水野の一派は捨蔵様の御居所を捜しだし、これを擁立し
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