鍵を取りだして、手ずから箱をひらくという厳重なもの。濫《みだり》にこの箱をあけたりすると、その罪、死にあたる。
 それを、ちょいと持って来いという。
 顎十郎、あまり物怖《ものおじ》しないほうだが、これには、いくらかおどろいた。
 世の中には、えらい女もいるものだと舌を巻きながら、トホンとお八重の顔を眺め、
「それを持って来りゃあいいんだね。……そんなことなら、わけはなさそうだ。……よっぽど重いかね」
「まあ、いやだ。箱なんかどうだっていいのよ。……箱の中にある手紙だけがほしいの」
「よし、わかった。……それで、その手紙をどこへ持って行くかね」
「あさっての六ツに、湯島天神の鐘撞堂の下まで持って行って下さい」
「心得申した」
「ほんとうにご親切ね」
「いや、それほどでもねえが……」

   目安箱

 二年ぶりで帰る江戸。
 懐手のままで、ぬうと脇阪の中間部屋へ入って行く。
 上り框《がまち》で足を拭いていたのが、フト顔をあげて顎十郎を見ると、うわあ、と躍りあがった。
「先生……いつお帰りになりました」
「いま帰って来たところだ。……甲府は風が荒いでな、おれのような優男《やさおとこ》は
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