つかない有様である。タヌは腕組みをしてしばらくの間考えを凝らしていたが、やがて、ハタと膝を打って、
「バルトリ君、この上は仕様がないから、非常手段を用いることにしましょう。君は村中を走り廻って、人殺し! 人殺し! といって触れて歩いてくれたまえ、するとね、あたしは木戸口で、『へえ、人殺しはこちら! 人殺しはこちら!』といって、みなテントの中へ押し込んで、嘘だと気がついてもすぐ出られないように、入口のところへ馬をつないでしまうから、その間に君はミミイ嬢に演説でもステテコ踊りでもなんでもいいから手早くやらして、はい、代は見てのお戻り、って工合にするのよ。いいわね、わかったわね。……さあ、わかったらすぐ駆け出して行ってちょうだい」
「人殺し! 人殺し! というんだね?」
「そうです、ってば!」
「はい、ようがす」といって、バルトリは身体《からだ》を毬《まり》のようにはずませて、ころげ出して行った。
「コン吉君、君はまた重病のところ気の毒だけど、その幕のうしろにころがっていて、ミミイ嬢が演説の身振りをしたら、『葡萄虫の幼虫とアンチピリンの関係について』というこの論文を早口で読みあげるのよ」

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