もテントを張ることにした。まだ葡萄祭りまでには十日もあって、その間は男も女も葡萄畑で大きな背負い籠をしょって、夕月の出るまでせっせと働いているから、ここで小屋を掛けても商売になるまい、というバルトリの意見であったが、その村に着いたのはちょうど夕飯時で、馬車宿の炊事場の大きな窓からは、豚のカツレツを揚げる煙りや、キャベツのスウプの匂いが街道中に流れ出して、葡萄だけでこの三日間ごまかされて来た食慾は、ぜひともここで興行をして、多少ともまとまった食物を送って寄越さなければ承知しないぞ、と威嚇したからである。
 村の郵便局の前の広場には、これもあまり柄のよくない「膃肭獣《オットセイ》の曲芸」がすでに先着していて、どうやら食慾の命じるままに、ブリキ罐をたたくやら、半鐘を鳴らすやら、必死になって殺伐な呼び込みをしている様子である。
 さて、小屋掛けを終り、万国旗と花飾りで幾分の装飾を加え、鼻眼鏡を掛けたペンギン鳥がタンゴ・ダンスを踊っている絵看板を掲げて、これからいよいよ呼び込みを始めようとしたが、なにしろ隣りの呼び込みは猛烈を極めて、今さら、タンボリンや笛などという手ぬるいことでは、とても及びも
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