さんから、バルトリに心配するじゃないぞ、とよくいい含めておいて下さいませ。モントラシェまではまだ十日の道中ですが、途中でお腹《なか》がすいたら、畑から葡萄を盗んで喰べるなり、百姓家でパンをもらうなりしてゆけば、十日や二十日は越されぬということもありますまい。気を落とすにはあたりません。ただ、ペンギン鳥にやる鰯だけはお困りでしょうが、いよいよそれが手に入らないときは、よくいいきかせて赤蛙でも喰べさせておいて下さい。これは大切な商売物《ネタ》ですから、そのつもりでよく面倒を見てやらないと、だんだん物覚えが悪くなるから気をつけて下さい。モントラシェに行ったらば、市場の元締めによく頼んで、市場の前の広場を借りるようにして下さい。夜なかに起きて歩き廻ると、キャベツの芯《しん》や馬鈴薯が沢山落ちていてとんだ儲けものをすることがあります。キャベツの芯は馬に喰わせ、馬鈴薯は煮るなり焼くなり、そちらでいいようにして下さい。なまけて探しに出ないと大損をします。それから田舎の人達は隙見ばかりしてなかなか入って来ないものだから、地杭《ぢくい》は深く打って、テントの下に隙間のないように張って下さい。どうしても入
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