る途中なのである。
 ところでバルトリ君の妻君なるものは、その昔ブルタアニュ海岸の一孤島、「|美しき島《ベリイル》」で、八人の手に負えぬ小供を両人にたくし、飄然駆け落ちの旅に出発したジェルメーヌ後家その人であったというのは、これも宿世《すくせ》の因縁といわねばなるまい。しかるにその夜、ジェルメーヌ後家は次のような一通の手紙を残したまま、またもや姿を消したのである。しかし、この文面にも示す通り、このたびは前回のような仇《あだ》な話ではない様子である。
 二、書き残し候、葡萄を盗んで喰べること。おなつかしいお二人さま。せんぱんは私の子供たちのお世話を願い、今度は空から落ちたお二人さまをお拾いしたというのも、なにごともみな天の配剤でございます。承《うけたまわ》りますれば私の大切な八人の小供はフランスの政府にお預けになったとのこと、私はこれからフランスの政府にゆき、談判いたしましてぜひとも子供たちを引き取って来るつもりでございます。それが駄目なら、せめて利子だけでも受け取らなくては、こんな間尺に合わない話はありません。私の旅費といたしましてはバルトリの貯金箱の金をみな持ってゆきますから、お二人
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