こんなふうに陽気な唄を歌っているのである。
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パタション・パタポン
俺の内儀《かみ》さん
また逃げ出した
どこへ行ったか
わからない。……
[#ここで字下げ終わり]
すると、響が物に応じるように小屋馬車《ルウロット》の中からは、そのたびに、
「うわアい、歌をやめてくれえ、足が痛い、ちぎれそうだ」とわめく声がもれて来るのだ。そこで、試みに窓から中をのぞいて見ると、こじんまりと作られた寝台の上には、身体《からだ》中を繃帯《ほうたい》でぐるぐる巻きにされた、コントラ・バスの研究生、狐のコン吉が、繩のようになってたぐまっている、その枕もとには、水槽の水から首だけをつん出した一羽のペンギン鳥が、キョトンとして天井を見あげていた。
そもそもかく成り果てた顛末《てんまつ》を申し述べると、この男女二人の東洋人は、せんぱん、地球引力の逆理を応用して、奇抜なるアルプス登山を企てたが、不幸にして突風の襲うところとなり、クウルマイエールの谷間に墜落、ヒカゲノカツラの中で呻吟《しんぎん》中、これなる無宿衆バルトリ君ならびに同山の神氏に救助され、いまやモントラシェの町立病院に運ばれ
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