と鳴っているのである。
 そもそも、ブウルゴオニュとフランシュゴンテの間にある町々をまわって歩く|渡り見世物師《フォラン》の秋の大きな書入れというのが、九月の三日から始まるモントラシェの葡萄祭りがそれなので、その日はいろいろな山車《だし》やただ飲み台などが沢山に出てて見世物師や渡り音楽師が山ほど集って来たって、これで充分だという事はない。
 この小屋馬車《ルウロット》も多分、そちらの方を目ざして進んでゆくのであろうが、この風体ではあまりたいした商売物《ネタ》を積んでいるわけではなかろう、というのは、六つの家の扉《ドア》の鎧扉《よろいど》はみなち切れて飛び、横腹に書かれた、下腹のふくれた天使やヴァイオリンの模様もすでに半ばはげ、屋根の上の炊事用の煙突さえ見る影もなく傾いているからである。
 御者台にはゆであげたように赤い色をした背の低い男……というよりは一種の脂肪の塊りと、お河童頭《かっぱあたま》の、妙齢《としのころ》十八九歳ばかりとも見える Made in Japan のお嬢さんが坐っていて、御者の唄う歌に調《あわ》せて手拍子を打っているのである。御者は大きな麦わら帽子を揺すりながら、
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