るとか、そんな工合に万事もの優しく上品に一日を送られる。
ところが、どういう次第かこのリルの村へ着いてからなんとなくそわそわと落ち着かなくなって、大きな声で笑ったかと思うと、急に顔をしかめて黙り込んだり、枕を投げ出したり、またそれを胸に抱きしめて見たり、窓のそばに花を飾ったり、目に涙をいっぱい溜めて溜息をしたり、このごろは曲芸にもあまり身がはいらなくて、お辞儀をすべき場合に筋斗《とんぼがえし》などを打つというわけで、どうも気もそぞろな様子なんである。その朝もタヌが、
「さ、みっちゃんや、鰯の頭をむしってあげようね」といったら、それが気にさわったものか、プイと立って行って、壁の方を向いて坐ったまま夕方までしくしく泣いているのである。これは多分どこか工合が悪くなったのに違いない。バルトリは、気候のせいだろう、というと、コン吉は、いや不眠症のせいだろう、という工合に意見がまちまちで結局一向にその原因というものを突き止めることができなかった。
すると、その夕方、ミミイ嬢は好物の泥鰌《どじょう》の頭を喰べかけたまま、シルクハットをヒョイと頭に載せて戸外《そと》へ出かけたまま、小屋の開場《いれ
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