す。ただ、お断りしておきますが、曲芸の最中に嚔《くさめ》をしたり、あまり強い呼吸《いき》をしたりしないように願いますよ。ミミイ嬢が気を悪くして何もしなくなってしまいますからね。では、これから諸君のお目通りまで呼び出すことにいたします。……ハイッ! みっちゃんやア!
五、膃肭獣《オットセイ》の口髯に初恋の人の俤《おもかげ》あり。この世の中にミミイ嬢のように立派なペンギン鳥は決して存在しているべきはずのものでない。黒水晶のような眼、絖《ぬめ》のように白く光る胸、しなやかな腕、ヒョイヒョイとこう飛びあがるようなその歩き方は、見る人の胸の中を熱くするような悩ましい様子なんだ。衣装はぎゃるそんぬ[#「ぎゃるそんぬ」に傍点]好みで一日中燕尾服を脱いだことはないが、それがまたよく似合うことといったら燕尾服を着たデイトリッヒなどなかなか及びもつくものではない。朝起きるとまず水風呂を浴びる。ゆっくり爪を磨いて、鰯とバナナの皮を少し召しあがる。それからもし新聞があれば、その上をべたべたと歩き廻って沢山の足跡をつける。気が向けば声をふるわして歌を二つ三つ歌う。あとはたいてい昼寝をなさるとか油虫をつかまえ
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