「、いけない。……みなさんもう諦めて下さい。……頭の上の大きな雪蛇腹《コルニッシュ》……そいつがいま壊れて……雪崩《アヴァランシュ》だア!……ちょうど三人の頭の上へ、……あと、十|米《メートル》、……あと五米、あと、一米! あっ!……もう見えなくなってしまいました。……三人の魂はアルプスの雪に浄められて天に昇りました。……みなさん、どうぞ黙祷《もくとう》を願います」
群集の中から、うおッ! という嗚咽《おえつ》の声が起こった。男は一斉に帽子を脱いで黙祷し、女たちは抱き合ってすすり泣いた。市役所の屋根の上のサイレンが鳴り出した。
コン吉とタヌはねんごろに念仏を唱え、沸然たる非常時の広場から離れ、川岸《かし》の椅子《パン》に坐って、しばらくは言葉もなく差し控えていると、その前を、氷斧《アックス》をかかえた三人連れの登山者が、談笑しながら登山鉄道の乗り場の方へ歩いて行った。コン吉はその後ろ姿を見送りながら、
「さすが本場だけあってなかなか相当なもんだね。犠牲者の墓地を参詣《さんけい》して一歩外へ出るといきなり、山から落ちる奴がある。そうかと思うと落ちたとたんに代り合って登って行くのがある
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