B今の連中も、いずれ落ちて来るのだろうが、こう頻繁では応接の暇《いとま》がないね。これでは毎日告別式だ」
 タヌもどうやら不承服な面持で腕組みをしていたが、
「そうね、こう死亡率が多いとゆゆしい問題だわね。仏蘭西《フランス》のアルプス倶楽部《くらぶ》は、登山者に落下傘《パラシュウト》を貸す、なんて智慧を持ち合わしていないのかしら」
「日ごろ傍若無人のタヌ君でさえ、そういう意見をいだかれるようでは僕がこうして震えあがっているのも大いに無理のないことだ。どうだろう。山登りなんぞはやめにし、アッタシイの湖畔へ引きうつって、美味《おいし》い川魚でも喰おうじゃないか」
「でも、あたしは魚は嫌いよ」と、語り合っている二人の前へ、またもや立ち現われたのは、よれよれの白麻の服を着た長大|赭面《あからがお》の壮漢。黄色い厚紙を二人の鼻の先へ突きつけ、のぼせあがってどもりながら、
「こ、こ、こ、……これを」といった。
 コン吉がひったくってその紙を見ると。

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 (卸売《おろし》の部)
南針峯《エイギュイユ・デュ・ミデイ》………………………三〇〇|法《フラン》

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