Aお父ちゃんもお母ちゃんも来ましたよ。よしよし、泣くじゃない』と、ここに廻り合いましたる羚羊の親子三人、互いに嬉し涙にむせんでいる時には、ふと気がつくと、先生さまも、お嬢さまも、無事にモン・ブランのてっぺんに登ってござるというわけになりますんでございまス。……はい、どうか三百法ちょうだい」
七、浮くは沈むの逆なり、千古不滅の真理。藪にらみ「ナニヨ、百姓め、羚羊がどうしたとオ。情合いの深けえ羚羊たア、一|体《て》エどんな面をしてるんでえ。でえいち、てめえのようなトンチキにつかまる羚羊なんかこのへんに一匹でもいたらお目にぶらさがるってんだ。三百法ちょうだい。……ケッおかしくって鼻水が出らア。……ネ、先生、オレの本職ってなア案内人《ガイド》なんてケチなんじゃねえんだよ。オギャアと生れたのはツーロンの軍器廠《アルセナール》の門衛小屋だ。十歳《とお》の時から船渠《ドック》で船腹の海草焼きだ。それから汽鑵《かま》掃除からペンキ塗りと仕上げて、今じゃツーロン潜水夫組の小頭で小鮫のポンちゃんといやア、チッたア人に知られた兄さんなんだヨ。……どうか一度遊びに来チくんねえ。……ね、お嬢さんあっしの名案っ
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