烽るから、ひとつアルプスへ行って山案内《ガイド》にでもなろうかア、と思いまして、こちの方へご厄介になりに来たような次第でございまス。早速でスが、わたくスの名案をぶちまけまスと、ま、こういうわけでございまス。……まず羚羊《シャモア》を三匹とっつかめえまス。けれど、それは羚羊といってもただの羚羊と訳が違いまス。なるたけ親子夫婦の情合いの深そうなのを撰ぶんでございまス。生れ立ての羚羊、亭主《おやじ》の羚羊、それから嬶《かかあ》の羚羊とこう三匹つかめえましたならば、まず餓鬼《がき》の羚羊をモン・ブランのてっぺんへ持って行ってくくりつけておく。そこで亭主の羚羊の方は先生さま、嬶の羚羊はお嬢さまが手綱《たづな》をつけて『大平場《グラン・プラトオ》』の下まで引っぱって来るんでございまス。すると、これはしたり! モン・ブランのてっぺんでは手前らの大切な忰《せがれ》が悲しそうに『|父ちゃんや、母あちゃんや《レック・レック・レック》』とないてるもんだから、びっくり仰天して角《つの》の先まで熱くなって、小供可愛いさの一念から崖道、絶壁の頓着なく、捨《しゃ》二|無《む》二に押し登る。『おお、おお、坊や、坊や
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