うとする怪偉な山容は、これぞアルプスの大伽藍《だいがらん》モン・ブランの円蓋《えんがい》。
ガイヤアルのあとに続きますのは狐のコン吉。小山のようなルュック・サックを背中にしょい、納めようのない鉄鍋は、やむを得ずこれを頭にかぶり、フライ・パンとマンドリンを腰の廻りにくくりつけ、右手には氷斧《アックス》、左手には薬鑵、それでも足らずに首からは望遠鏡と肉ひき機械を吊し、洗濯板のように、高低ただならぬ凍った波頭の上を、漂うごとく流るるごとく、寒風の中に汗を流し、呻吟《しんぎん》の声を発して行進する。タヌの方は、ぐるぐると巻きつけた登山綱《ザイル》の中から目だけを出し、愛用のハンド・バッグを小脇にかかえ、楚々《そそ》たる蓮歩を運びたもう様子。
氷河には至るところに青黒い口を開けた地獄の入口がある。この亀裂《クレヴァス》に落ちたが最後、二度とこの世の光りは見られない。ガイヤアルは亀裂《クレヴァス》の上にかかった薄い氷の橋を、ほじくり返しかき廻し、雪か氷か確かめては渡ってゆく。重荷をしょったコン吉にとっては、これは誠に薄氷を踏む思い、踏み破ったらこの世からお暇《いとま》、助けたまえ、神々と、お
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