黷ス、あの山形のシャッポ。あの上に日章旗を押したててね、(高い山から谷底見れば――)の一つも歌ってさ、皇国《みくに》の光を八紘《はっこう》に輝やかさではおくべきや、エンサカホイ、ってわけなんだよ。……どう、わかったかい。君が行かないなんていったって、がんじからめ[#「がんじからめ」に傍点]にして畚《もっこ》に乗せたって連れて行くわよ。……どう、ひとつここでやってみましょうか」といって、登山綱《ザイル》をしごきかけると、コン吉はたちまち降参して、
「いや、行きます、お供します。どうか、その、がんじからめ[#「がんじからめ」に傍点]だけはごかんべん願います」と、手を合わした。
「そう。そんならさっそくだけど、あたしの部屋にあるものを、みなこん中へ詰め込んで、ラ・コートの村の旅籠屋《オテル》まで一足先に出発してちょうだい。あの山案内《ギイド》は明日《あす》の夜明けに、そこへ迎いに来ることになってるんだから」
「へい、かしこまりました」と、コン吉が次の間へ入ってみると、さながら大観工場の棚ざらえのごとく、
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フライ・パン、大|薬鑵《やかん》、肉ひき機械、珈琲《コーヒー》沸
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