lは、あいにく午年生れで、高いところへ登れば、たちまち目がくらむようにできているんだ。谷底へ落ちてこなごなになってしまってからは、支那人の焼き継ぎでもハンダでも喰っ付きはしないからね。あ、桑原、桑原。……生命《いのち》あっての物種だ、どうか山登りだけは思いとどまってくれたまえ。思いとどまったというまでは、死んでもこれを離さないから」と、リュック・サックにすがってかき口説くと、タヌは、いきなりそいつをひったくって
「なにするのよオ。……チョイト君、君もずいぶんおたんちんね。君がいくらそんな顔をしたって、もうあとの祭りよ。ね、君、コン吉君、ここからモン・ブランのてっぺんまでは、ちゃんと国道がついているのよ。あんまり心配しないでね。……いいかい、コン吉君、よく聞きたまえ。あたしがモン・ブランへ登ろうってのは私事じゃないのよ。……ふらんす・あるまん・あんぐれい、あめりっく・おらんだ・ぽるちゅげえ、と世界中の国々の女の子が、みな一度は登ってるってのに、日本の女の子だけは、みな麓をしゃなしゃな[#「しゃなしゃな」に傍点]散歩して引き上げたってんだから、あたしは、納まらないのよ。ナンダイ! 多寡の知
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