ソるようなところを登るから落ちる。お客さまの方で、どうしても落ちたいとおっしゃるので、アタシ達も泣く泣くそっちの方へご案内するんですが、「おい、落ちなくてもいいよ」とおしゃるなら、まるでニースの国道のような大幅の廻り路をご案内するんでございますヨ。……本当かって、アナタ、いやですヨ。そう一々落ちていたんじゃ、山案内の種切れになるじゃありませんかよウ。そういうアタシだってもう三千度の上は登っていますが、まだこの通り生きながらえて、おしゃべりをしているんですから、こんな立派な生《いき》証拠ってございませんヨ。……ねえ、お嬢さアん。アタシはとりわけご婦人のご案内をいたしますのに妙を得ていますんで、ご婦人のお嗜好《このみ》なら、どんなことでもちゃんと承知しているつもりなんですヨ。なにしろ殿方ばかりをご案内いたしますとねエ、さあ、アタシが危ない、なんてときは薄情でしてねエ。見殺しにもしかねないんですよ。そこへいくとさすがご婦人ですねエ、アタシが危ない時は、ちゃんと助けてくだすって、優しく介抱してくださるから、アタシも安心してご案内できるってもんですヨ。それに、だいいち色っぽいですナ。モン・ブラン
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