顔が合うことになりやした。ところが、ま、お聞きなせえまし、なるほどマルセーユ人のすることだ。その『ヘルキュレス』にメリヤスの股引をはかして出したもんでがす。こちらはそんな巧みがあるとは知らないから、いつものようにこちょ、こちょとやるんだが一向感じない。感じねえわけだ、股引でがす。そこで、さんざ擽《くすぐっ》ておいて[#「擽《くすぐっ》ておいて」は底本では「擽《くすぐっ》っておいて」]、もうよかろうと角の先を鼻の先へもって行って、いきなり引っ掛けようとすると、どっこい! 鼻にはちゃんとコルクの栓がしてあるんでがす。こいつあ弱ったとまごまごしている鼻っ先へ、いきなり韮《にら》臭せえ[#「韮《にら》臭せえ」は底本では「菲《にら》臭せえ」]息かなんかふわアと吹っかけておいて、こっちが目が眩《くら》んでぼうとしているのを見すますと、今度は足搦《あしがら》みにして投げ出して、さんざ踏んづけたうえ、おまけにアンタ、無慈悲にも頭へ尿《ピピ》までひっかけた。まるで暗討《だましう》ちでがす。ああ誰れが何といったとて、これぁ立派な暗討ちでがす。さて、この父親は恥かしい口惜《くや》しいで、まるで狂気《きちがい
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