かしに襟筋に剣を突っ立てたがなかなか「突っ通し」というわけにはゆかない。牛がいやいやをすると剣ははるか向うへけし[#「けし」に傍点]飛んでしまった。すったもんだのすえ、大汗で最切の牛は片づけた。第二の牛、第三の牛と虐殺し、さて、いよいよ牛角力《コンバ》の番になった。観客席は今までの凄惨《せいさん》陰鬱な気分から開放されてにわかに陽気になる。闘牛《コリダ》と比べて、これは確かに呑気《のんき》しごくな、きわめて力の入れがいのある――つまり、牛を代表に立てた対市競技だからである。
第一の取組みは片やカマルグ片やタラスコン。
[#天から3字下げ]山猫――爆撃機だ。
まず最切に『山猫』が恐ろしい勢いで穹門《アルク》から駆け出して来た。そのあとから『爆撃機』が追い掛ける。日ごろ、よほど仲の悪い同士であったとみえて、いきなり穹門《アルク》の前で四つに組もうとしたが、残った! 残った! そこでは、あまり見物席からほど遠い。それで介添役《かいぞえやく》が赤布《ムレエータ》を振って砂場の中央まで引き寄せる。二匹の牛はそこで首を下げものすごく吼《ほ》えながら、互いの足もとを嗅ぐような様子をしていたが、や
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