浮きあがり、その鼻息はもっぱら壊れたオルガンのごとく、首をもたげて濶歩するのを見れば、伝え聞くヘルキュレスと争うクレエト島の荒牛《トオロオ》も思い合わされ、見る目にもものすごいばかりの有様であった。
八、筒に声あって向うに声なきは多分|空《から》鉄砲。さて、七月十四日は革命記念祭。プロヴァンスにおける盛大なる牛祭《フェラード》の当日となれば、マルセーユからほど遠からぬアルルの大|円戯場《アレエヌ》その三十四階の観覧席はおろか、その上のコリント式のアーチのてっぺんまで鈴生《すずな》りになった観衆はおよそ一万七千人。七月の焼けつくような南仏の太陽の直射をものともせず、脂汗を流し、足踏み鳴らして開演今や遅しと控えたり。
定刻となれば、砂場の穹門《アルク》から陽気な軍楽隊《ファンファル》を先に立て、しゅくしゅくと繰り出して来たのが、金糸銀糸で刺繍《ししゅう》した上衣に鍔広帽子《つばびろぼうし》をかぶった仕止師《マタドール》、続いて銛打師《バンデリエロ》、やせ馬にまたがった槍騎士《ピカドール》。二列に分れて会長《プレジダン》席の前に進み闘牛帽を手にして会長に挨拶する。たちまち桟敷《さじき》の
前へ
次へ
全32ページ中26ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
久生 十蘭 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング