ので、とうとう業《ごう》を煮やしたコン吉が、赤い壇通をかなぐり捨て、
「この発育不良め! ここな痩《や》せ牛よく聴け! 俺はな、貴様の知らないような遠い東のはずれから、はるばるこのフランスへコントラ・バスの修業にやって来たのだぞ。その身が、あろう事かあるまい事か、人里離れた山ン中で、赤い絨氈《じゅうたん》をひっしょってスットコ踊りをしているのはなんのためだ。それもこれも、貴様にヘルキュレスをやっつけさせて、一つには親の敵《かたき》、二つにはコルシカの恥をそそがしてやりたいためなんだぞ。畜生とはいいながらあんまり理解がなさすぎる。貴様は馬鹿か気狂いか、それとも親代々の色盲か。それでは、これならどうだ」
 と、そばにあった緑の風呂敷を頭からかぶって、ナポレオンの鼻の先へぬウと出ると、とたんに躍りあがったナポレオンはコン吉の襟首へ角を引っかけはるか向うの空堀《からぼり》の中へ投げ出した。
「ははア、そういうわけであったか」と、コン吉はタヌに助け起こされて、痛む腰を撫でながら、ようやくの思いで堀から這いあがると、ポピノは、
「そういえば思い当ることがあるでがす。郵便配達の青服が部落を通ったら、
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