山の麓《ふもと》にある。昔は音に響いた荒牛《トオロオ》を無数に送り出した囲い場であったそうだが今は堆肥場になっているので、人馬ともにあまり寄りつかない。
「さ、ここなら大丈夫。思う存分やれるというものだわ」と、勇み立ちながら、タヌが、ナポレオンの方を見ると、ナポレオンはぐったりと柵にもたれ、肋骨《ろっこつ》の浮き出した横腹に波打たせしきりに咳込んでいるので、
「見れば見るほどお気の毒さま見たいな牛だわね。これで一体あの『ヘルキュレス』に勝てるのかしら!……こんな事じゃ仕様がない。さ、キミとポピノはかわるがわる牛になってナポレオンに突つかせるのよ。あたしはこれから戦闘力を養う食料の製造にかかることにするから。いいわね、さ、始めたり、始めたり」
 厳令|黙《もだ》し難く、コン吉とポピノは赤い絨氈《じゅうたん》を頭からひっかぶって、越後から来たお獅子のように、ステテ、ステテとしきりにナポレオンの前を躍《おど》り廻るが、ナポレオンは一向に驚く様子もなく、堆肥の間から生え出した埃《ごみ》まみれの韮《にら》の葉か何かを、ものぐさそうに唇でせせり[#「せせり」に傍点]ながら、流し目一つ使おうとしない
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