た。ニースからポッペ・マリオの一座がやって来た時のことでごわすが、『ヘロデ王と牛』というやつに出演いたしまして、ヘロデ王に叱《しか》られるとべそをかく、褒賞《ほうび》をもらうと押し戴く、ディヤナには色目を使うという工合で、天晴《あっぱ》れ一役をやってのけました。牛の皮をかぶった人間だってよもやあれまではやりこなしますまい。円戯場《アレエヌ》では向うところ敵なし。あいつの角にかかった馬は二百匹、闘牛師が三百人、牛が五百頭。……一|時《じ》は牛も闘牛師も種切れになるところでごわしたわい。最近は右の前足の付けねに腫物をでかして弱っとりますが、なんの、カルグの、アルルの、そこらの病み牛が束になって来たとて、びくともするものでごわせんわい。……いま、ここへ引き出しまするから、とっくりごらんなさるがようごわす」と、いって使童《ギャルソネ》を招いて、何か小声で囁《ささや》くと、やがて牧童が柵の木戸をあけて牛を一匹追い出して来た。
「さ、これが自慢のヘルキュレスでごわす」
 二人が振り返って見ると、赤煉瓦色の、まるで駱駝《らくだ》のような奇妙な瘤《こぶ》を背中にくっつけた跛《びっこ》の牛だから、タヌは
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