羊の乳まであるんだから、まるで食物|庫《ぐら》にいるようなものだわね。今晩は早速だけど、鳩の丸焼と燻製を喰べることにしようじゃないの」というと、コン吉は、
「大賛成だね。じゃ僕はこれから鳩に引導を渡すことにしよう」と勇み立ったが、これがそもそも災難の濫觴《はじまり》であろうとは。
五、凶雲低迷す極楽荘の棟木《むなぎ》の上に。さてその翌朝、コン吉が寝床で唱歌を歌っていると、突然、赤と黄の刺繍《ぬいとり》をした上衣を着た、身長抜群のコルシカ人が一人、案内も乞わずに悠然《ゆうぜん》と入って来た。漆黒の、炯々《けいけい》と射るような眼でコン吉を凝視《みつめ》ながら、
「拙者《やつがれ》は当部落の族長《カボラル》でごわす。そこもと達はどういう御用件で御来村なされたか」と、荘重な口調でたずねた。
「ま、どうぞこちらへ。どうぞこちらへ」と手近な椅子に招じたうえ、この河童頭《かっぱあたま》の令嬢が一念発起して画道の修業に取りかかるため来村いたしたこと、この小屋は正当な手続きを踏んで、長期の契約で周旋屋から借り入れたこと、その契約書はここにあること、このへんはたいへん景色がよく、また、空気もいいこと、
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