》の門、千古の金言。コルシカ人尊敬の幟《のぼり》を押し立て、行きあうコルシカ人に、いちいちもれなく、
「|今日は兄弟《ボンジョオル・フラテルロ》!」と愛想を振りまきながら、さながら薄氷を踏む思いで部落を通り抜けると、やがて、皮付きの松丸太を極めて不手際《ふてぎわ》に組み立て屋根の上には強北風《トラモンタアヌ》よけのごろた[#「ごろた」に傍点]石を載せたという堂々たる『極楽荘』に行き当った。内部は一間きりの広々とした四角な部屋で、大きな囲炉裏《いろり》の壁の上には、鹿の首や、賞牌《メダイユ》や、ひからびた姫鱒《ひめます》や、喇叭《ラッパ》銃や、そのほか訳のわからぬものが無数に飾り付けられてあった。
 二人が部屋へ入って行くと、梁《はり》の上から丸々と肥った山鳩が三羽飛び下りて来、寝台の下からは、黒い山羊が起きあがって来て、渋い声でめえ[#「めえ」に傍点]とないた。
「あら! あの禿頭のいったことは嘘じゃないわね。部屋だって、このがらくた[#「がらくた」に傍点]を始末すると、ずいぶん手ごろないい部屋になると思うわ、あそこにはあんな大きな山鳩がいるし、燻製《くんせい》の鱒《ます》があるし、山
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