そのうちに一度お挨拶《ちかづき》にあがって、ご自慢の喉を聞かせていただきたく存じていた、……こと、れろれろと舌をもつらせながら取りとめもなくしゃべり立てると、族長《カボラル》は、
「どれほど御滞留になるか、それだけうかがえば結構でごわす」といい放った。タヌは進み出て、コニャックを注ぎ、腸詰、乾酪の類を持ち出してところ狭いまでに並べながら、
「まったく、一生でも住みたいくらいですよ。もう何から何まで気に入ってしまいました」と答えると、族長《カボラル》は、
「いや、わかりましたじゃ」といって、薄い唇の上に生えた見事な八字髯をひねりながら部屋を見廻していたが、
「以前《もと》はそのへんにいろいろな飾り物がごわしたが、あれはなんとなりました」とたずねた。
「みんな物置きへほうり込んでありますわ」
「ほほう。……鳩が二羽足らんようじゃが……」
「あら、いただいてしまいましたわ。あの一羽は時計の代りに取ってありますの」
「結構ですじゃ。……それから姫鱒の乾物はなんとなりました」
「鱒もいただきましたよ」
 すると族長《カボラル》は、腕組みして何か考えていたが、やがて、急に腕を延してたて続けにコニャ
前へ 次へ
全26ページ中11ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
久生 十蘭 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング