す。いずれそのうちに喇叭《ラッパ》を吹いてやって来るようになるだろう、って話です。どうです、ひとつ、そのへんの山荘《シャレエ》を一軒ご周旋しようじゃありませんか。『極楽荘』っていうんですがね。総二階に車寄せなんかついて堂々たるもんですよ。生憎《あいにく》手元に写真がないんでお目にかけられませんがね。寝室、応接間、台所、浴室、物置、……と、これがみな一間にかたまっちまって、それゃ便利に使えるんです。実はね、今までにも方々から申し込みがあったんですがね。ゆくゆくは手前の隠居所にしようと思っていたんで、惜しくて周旋する気になれなかったんです。いいですからなあ、あんな気楽なとこはありませんよ、……いらっしゃい。ね、いらっしゃいよ。せつにお勧めしますよ。もっとも家賃は少しお高価《たかい》ですがね、生命が延びようってんだから安いものでさ。
三、差出すに名刺あり翻すに幟《のぼり》あり。『極楽荘』が所在するタラノの谿谷は、金山《モンテ・ドロ》という高い山の麓《ふもと》の、石ころだらけの荒涼たる山地の奥にある。ここに行くにはボコニャアニョまで汽車に乗り、そこから数限りない谷川と峠を越え、こ暗い雑木林《
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